柔術家はジェネラリストでもありスペシャリストでもあると思った話

こんにちは、taikiです。

突然ですが、ジェネラリストvsスペシャリストの概念をご存知でしょうか?

キャリアプランや将来に目指す人物像といったテーマの中で、「何でもできる万能な人」と「何かに特化した専門家」のように対になって議論されるテーマです。

柔術で考えると、「どんな技でも対応できるジェネラリスト」を目指すべきなのか、「三角絞めに特化したスペシャリスト」を目指すべきなのかといったところでしょうか。

先日、こんなツイートをしたところ、この2つの概念で柔術を論じてみると面白いかもと思いました。

今回は、「ジェネラリスト」「スペシャリスト」×「柔術」というテーマで考えてみましょう。

何でも屋と専門家

まずは言葉の定義を確認して目線を揃えておきましょう。

ジェネラリスト:
広範囲にわたる知識を持つ人のこと。大手企業においては総合職を指すことが多い。また、各種のプロデューサーはジェネラリストの素養が必要である(一つの企画に対して、芸術性・商業性など多方向からの視点を持ち合わせ、責任を有して可否を決定する必要があるため)。実務の末端においてはいわゆる「なんでも屋」としての役割を担う事が多く、例えば映画の助監督は、映画の撮影現場において様々な雑務を行なう。

スペシャリスト
特定分野において深い専門知識やスキル、経験を持つ人材のことであり、「専門家」とも呼ばれる。
出所:Wikipedia

ジェネラリストは広く浅く、スペシャリストは狭く深くといったイメージですね。社会人の皆さんは、若手の頃に、「ジェネラリスト志向?スペシャリスト志向?」のように組織の中でのキャリアプランとして聞いたことがある方もいますよね?

これを柔術に置き換えるとどうなるでしょうか。

柔術でも「○○さんと言えば、三角絞めが得意だよね」みたいなイメージありますよね??ある意味、その方はその技のスペシャリストとも言えるかも……

ホントにそう?

ここでもう一段思考を掘り下げてみましょう。

個人競技と団体競技では開かれた世界が違う

個人競技は誰も助けてくれない

柔術は個人競技です。

『東京卍リベンジャーズ』より(C)講談社

練習は仲間がいないと出来ないし、試合は仲間の応援があってこそという側面はありますが、マットの上では完全に一人。マウントやバックを取られても、苦手なポジションになったとしても自分の力でなんとかするしかありません。

そういう意味では求められるのは何でも屋のジェネラリストです。

団体競技では役割分担が可能

一方で、サッカーのような団体競技だとポジションという概念があり、求められる能力もポジションごとに異なります。極論してしまえば、苦手だったり出来ないことがあってもいい。ゴールキーパーは得点を取らなくていいのです。

『アオアシ』小林有吾/小学館

企業活動も団体競技と言えるでしょう。だからこそ、キャリアの話になるとジェネラリストやスペシャリストの話が出てきます。スペシャリストは出来ないことを他の人にお願いできるから自分でやる必要がありません。

スペシャリストとして生きる個人事業主やフリーランスの人達も同じ。苦手なことは社外に外注しているだけで、広義の団体競技とも言えます。

スペシャリストという生き方ができるのは他人の力を借りることができるからこそ可能なのです。

柔術に求められるのは何でも屋であり専門家

柔術は個人競技なので何でもできるジェネラリストが求められると先に述べました。

しかし、ムンジアルで活躍する選手たちは、この選手といえばこの技!みたいな必殺技があることがあります。

岩崎選手であればディープハーフ、ミヤオならベリンボロ、アンドリュー・ウィルトスならニースライスみたいにあげ始めたらきりがありません。

あれ?個人競技だからスペシャリストよりもジェネラリストっていってたはずなのに有名選手はスペシャリストが多い、、、、

はい、そうです。

強い柔術家とはあらゆる局面で戦えるジェネラリストであり、得意な領域で極めきるスペシャリストでもあるのです。

この対立する(と思われる)2つの概念を高次元で融合(アウフヘーベン)させる矛盾した存在こそが柔術黒帯といえるのでしょう。

アウフヘーベン(Aufheben)
ドイツの哲学者であるヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念。あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること。
矛盾する要素を発展的に統一すること。

柔術において、対立する概念を融合する話はチョイチョイ登場しますね。

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黒帯の何でも屋と白帯の専門家ではレベルが違う

柔術を始めたばかりの白帯は何者でもありません。ジェネラリストでもスペシャリストでもない。よちよち歩きの赤ちゃんです。

そこから練習を積み上げていくと得意なポジション、技みたいなものが見つかります。人によってはそれがデラヒーバからのアタックだったり、トップからのオーバーアンダーパスだったりでしょう。私はそれがたまたま三角絞めでした。

プチスペシャリスト誕生です。

私は三角絞めで勝ち上がって行き、青帯になり、青帯でも(最初は)勝ち上がっていきました。

スペシャリストというか、それしか出来ないというのが正しいでしょう。引き込んで三角絞め一直線。そこに迷いはまったくありません。だから、仕掛けが速い。迷わない強さというのでしょうかね。

ただ、青帯で築いたスペシャルなんてモノは、紫帯から茶帯にかけて通じなくなる。もしくは、それ一つでは戦えなくなる。それと同時に弱いところがあるとそこで負ける。

だから、ジェネラリストを目指す。負けないために穴を埋めるといった工程でしょうか。

その穴が埋まってくると、極められない・ガードが強いといった負けない試合ができるようになってくるでしょう。こうなると逆に勝つために何か欲しい。再びスペシャリストを求めるようになります。

最終的に、柔術家はジェネラリストでありスペシャリストでもあることを求められます。

団体戦を1人で戦うような強さ。そんな究極生命体である黒帯になるには膨大な時間がかかるのは当然です。全員が大谷翔平を目指さなくてはならない世界感(メジャーという意味ではなく、二刀流という意味です)とでもいうのでしょうかね。

まとめ:柔術黒帯はジェネラリストでありスペシャリストである

『ジョジョの奇妙な冒険』集英社


以前、芝本選手のインタビューの中で、「私は1つの得意技をウリにしている選手ではない」と仰っていました。

そういう意味ではジェネラリストなのでしょう。ただ、そのジェネラルの厚みが半端ない(笑)

ちょっとしたスペシャリストを遥かに凌駕する領域でジェネラリストです。

皆さんもジェネラリストとスペシャリストの間を行ったり来たりしながら、その高次元の融合を目指して頑張りましょう。

以上「柔術家はジェネラリストでもありスペシャリストでもあると思った話」でした。

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